大阪府立北野高等学校(旧制北野中学校)

登場手塚作品:『紙の砦』(1974)、『ゴッドファーザーの息子』(1973)

手塚治虫は、昭和16(1941)年4月、旧制北野中学校(現・大阪府立北野高等学校)に入学する(59期)。同年12月に太平洋戦争が勃発し、昭和20(1945)年3月に1年前倒しで半強制的に卒業(上級生の58期の卒業に便乗)させられ、終戦を迎えた。手塚の北野時代は、まさに戦争と共に謳歌した青春時代といえる。

手塚の母校である、現在の北野高校には、手塚が在学していた頃の昭和校舎の面影がいくつか残されている。

北野高校の正門横に据えられたモニュメントは、1931年竣工の昭和校舎の屋上飾り壁である。円形の窓にはめ込まれた「北中」の文字。幾何的な美しい意匠は「六稜の星」とともに北野の象徴として親しまれてきた。

新校舎に設置された「六稜の星」の天窓。

 

弾痕の壁(メモリアルウォール)昭和20 年7月の空襲による機銃掃射の跡が残る。

 

手塚治虫が講演時に描いた北野中学時代の自画像。六稜会館の地下1階ギャラリーに常設展示されている。